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世界最高にして世界最高齢の現役ジャズ・ピアニストである穐吉敏子さんは、今年91才になる。彼女の代表曲と言えばシグネイチャー・チューンである「ロング・イエロー・ロード」。そして僕が彼女のレコードに出会った74年の「孤軍」。さらには彼女のセルフ・ポートレイト的な「ビレッジ」この曲の元になっているのは誰でも知っている日本民謡の「木更津甚句」で、僕などは、何十何百回聴いても、あの曲なの?だが、アフロ・キューバン的乗り、4分の5拍子。驚愕のダイナミズムあふれる演奏まさに穐吉敏子の真骨頂!である。
その木更津甚句で浮かんでくるのはあの「孤軍」の元になった「小野田寛郎・元少尉」を1974年、フィリピン・ルバング島で発見した冒険家の鈴木紀夫さん。その親友だった満州生まれ、大船渡市出身の故・千葉輝明さん(アルジェリアの日本企業で働いていた人で一関ベイシー菅原正二さんの幼馴染)の友が書いていた「鈴木紀夫君の思い出」(1988年・東海新報)を読むと、小野田さんを見つけてからの彼は、昔からの夢であった「雪男さがし」にネパールへ出かけ、その5回目は新婚旅行もかねていたというのだから凄い熱の入れ方だった様子。しかも1回目の時に実は突然目の前に子連れの雪男が現れビックリ!カメラ取り出す間もなく逃げられたそうだが、全身が黒く、連れていた子供の2人は白かったそうだが、まるでゴリラみたいだったと。そして最後となった6回目の87年、彼は戻らず仕舞いで友人の山岳家たちが探しに行ったがみつからなかった。だが、なんと奥様自身が探しに行き遺体を発見したとある。 「戸籍上では死亡になっている私が生き延びて、あんなに元気だった鈴木君が死ぬなんて、、、、、遺体発見現場まで行く、、、、、」と朝日新聞に語っていた小野田さん。 千葉輝明さんによれば、小野田さんを発見した鈴木さんが作家の林房雄氏の長女・京子さんとの結婚式の時も、又、友人たちとの誕生会などの時でも、とにかく酔えば必ず出てくる歌は彼の18番「木更津甚句」だったという不思議な御縁。それに鈴木さんが亡くなられて4年後の1991年、アルプスの氷河から数千年前の「アイスマン」と呼ばれる雪男がミイラの状態で発見されたのです。これも縁? 戻る |
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