盛岡のCafeJazz 開運橋のジョニー 照井顕(てるい けん)

Cafe Jazz 開運橋のジョニー
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(開運橋際・MKビル)
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幸遊記NO.310 「照井幸男の達谷窟毘沙門神楽」2016.12.19.盛岡タイムス
 昭和6年(1931)生まれの兄、幸男が今年(2016)9月に85才で亡くなった。ゆきおあんやは長男である。次男、3男、長女、そして末っ子の僕の5人兄弟で、誰一人、病に無縁で生きて来たのだが、兄は呆け、介護施設でお世話になっていた。脳卒中で倒れた祖母と母を看取った幸男兄の嫁・好子さんが55才でこれまた同じく半身不随となったのが1989年4月。以来、兄は嫁さんの介護をずっと続けてきたのだが先立ってしまった。
 それでも兄には命を懸けたともいえる神楽があった。家の2件隣にある平泉・達谷窟(たっこくのいわや)西光寺には江戸期に神楽鳥舞奉納の古文書があり、その起源は中世にまでさかのぼるとされる県内最古の、達谷村鎮守毘沙門堂奉納神楽は戦時中の混乱、戦後の毘沙門堂焼失(1946)により途絶えたが、それを再興したのが1971年。86年より現在の名称「達谷窟毘沙門神楽」とした。
 同時に兄は「芸事は子供のうちに体で覚えれば永く残り続ける」と地区の幼稚園児たちに教え始めたそれは、婦人達にも広がり、更には若妻、小学生、中学生(中学校では選択学習までに)その指導に一生懸命になって、自分の子や孫にも踊らせ、イギリス人(僕の同級生の奥さん)ローズ・マリーさんに太鼓を教え、それが縁でイギリス公演にまで発展したものだった。それ以前、ブラジル、オランダ、ハワイ、ニューヨーク、などなど海外公演と年に数十回全国からの声掛り。
 村上護朗先生(1912~2005・南部神楽著者)にはご指導と舞台での解説で大変お世話になった様子。僕も何度かお会いしたが、神楽の為に生れて来た様な方でした。そのお蔭もあってか、平成10年(1998)子弟や保護者たちが組織した活動10年を「讃える会」(代表・立谷窟浩亮住職)から感謝状を貰い、同年10月には青少年指導により日本善行会から「成人善行表彰」を受け、のち平泉からの町勢教育功労賞を受けたりし、一族でお祝い会を開いたりもしたものだった。
今年最終回となった紫波ビューガーデンでの「いわてあづまね山麓オータムジャズ祭」(9月4日)で、兄の娘・幸子(62)などが踊り、孫・久美(35)が太鼓を叩き唄い、ひ孫・大翔(ひろと・4)が父・慎介(34)と見た達谷窟毘沙門神楽の鳥舞や御神楽が兄の生前最後の舞台となったこと、孫が一人前になったこと、など、嬉しや悲しや楽しや、である。



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