盛岡のCafeJazz 開運橋のジョニー 照井顕(てるい けん)

Cafe Jazz 開運橋のジョニー
〒020-0026
盛岡市開運橋通5-9-4F
(開運橋際・MKビル)
TEL/FAX:019-656-8220
OPEN:14:00~24:00

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幸遊記NO.178 「及川房子の秘書的な心遣い」2014.6.10.盛岡タイムス
 「ジョニーさん!これ今日発売の週刊誌・穐吉敏子さんが載ってますよ」と、息せき切って持って来てくれた及川房子さん(67)。袋の中には何と5冊もの週刊文春。「阿川佐和子のこの人に会いたい」のインタビュー・第1021回。パッと僕の頭が8年前・2006年の同インタビュー・第654回へと飛ぶ。
 阿川さんの母と同年代の穐吉さんには特別な想いもあるのだろう。今回はピアノ6連弾のゲストで来日したのを期に聞いた話だった。
 そういえば及川房子さんが僕の店に現れたのは2006年。紫波町の「野村胡堂・あらえびす記念館」で行われた、穐吉さんのソロコンサートを聴いて感激したのがきっかけだった。以来彼女は、穐吉さんのコンサートには万難を排し毎年、何ヶ所にでも出かけて聴いてきたし、僕が企画している、アメリカ穐吉敏子への旅にも参加した程、穐吉敏子さんの熱烈なファンの一人。彼女実は穐吉さんが、「トシコ・マリアーノ」だった1960年代からのファンなのだったから、東京で働いていた時には、仕事を最優先しなければならない立場だったために一度も穐吉さんのコンサートを聴きに行けなかった悔しさ。それがなんと会社を辞めて実家の盛岡に戻って間もなく、穐吉さんのコンサートを新聞で見付けて、初めて聴くことが出来たのだったと、涙を流しながら話す彼女。初回は3時間以上も前から並んでいい席をとり、入場時には立って拍手をしたら穐吉さんと目線が合ったのだ。
 及川房子さんは、僕と同い年の1947年(昭和22)6月3日、盛岡生まれ。中・高と白百合学園を卒業。上京してから、日本3大結婚式場の一つに就職、10年間に2.000組以上を担当したことで、ありとあらゆるドラマの見聞に疲れ果て、別の職探し中に紹介されたのが、当時の最大大手スーパーが100%出資のグループ企業(外食産業・資本金57億)の会長秘書係。出世を夢見る男達の攻防、5人もの社長交替劇の全貌を見届け続けてきた、正に秘書中の秘書だった彼女。会長は本社トップのブレーンだったことから、トップのかげり、会長の引退を期に、人事部長の引止めを振り切って盛岡へ戻ってきた人なのでした。
 今年2014年10月娘・マンディ満ちるさんと初めてのデュオで穐吉さんがツアーで来るのを楽しみに、彼女の予定表には大きな「はなまる」がついている!。



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