盛岡のCafeJazz 開運橋のジョニー 照井顕(てるい けん)

Cafe Jazz 開運橋のジョニー
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盛岡市開運橋通5-9-4F
(開運橋際・MKビル)
TEL/FAX:019-656-8220
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幸遊記NO.58 「浜道博・KIN-CHANの潮騒」2012.2.14.盛岡タイムス
 高校時代の同級生だった故・金野正博から弟・道博が歌手デビューしたと聞かされたのは1974年の11月。曲は「須磨子の愛」つちだ・よしえ作詞。間中政一作曲による“炎のように燃えました”で始まる唄だった。
 須磨子とは、大正3年に島村抱月が組織した芸術座の名優で、トルストイ原作の「復活」で同名の劇中歌をステージ上で唄った流行歌手の第一号「松井須磨子(本名・小林正子)」。
 東京音楽学校卒の中山晋平26才の時の処女作となったその「復活」は1915年(大正4年)に電気以前のラッパ吹込みされるや、あっという間に2万枚を売り尽くした作品。その後“命短かし恋せよ乙女”の「ゴンドラの唄」「さすらいの唄」などを続々と大ヒットさせたが、師であり恋人であった「抱月」が肺炎で亡くなると、その跡を追うように1919年1月に34才で自ら命を絶った女性。その飾らない歌声は今聴いても、なかなかにいいのです。
 そんな昔の人をテーマに、その続編ともいうべき「旅に出た女」まで出した歌手「浜道博」は、岩手出身の歌手、故・箱崎晋一郎(1945~88)の唯一人の弟子。だが歌手としては生計立てられず、美川憲一のマネージャーなども務めた。84年、板橋に「居酒屋金ちゃん」を開業。のち脳内出血で倒れ闘病3年。その後の記憶喪失や意識不明などを繰り返した後に奇跡的に回復。
 それからは、地元密着型の歌手・KIN-CHANとして「常盤台ブルース」「常盤台ラプソディ」で再デビュー。昨2011年1月には、18才で家を出てから初めて、8日間もふるさと陸前高田に里帰り。新曲を構想。友と母に捧げる曲「潮騒・・友へ」と「故郷の風に抱かれて死ねたらいいね」を4月20日にリリースした。
 いい詞いい曲いい声です。心のこもったいい唄い方です。詞は「浜みちひろ」曲は「夢道」歌は「KIN-CHAN」全て彼のペンネームだから、自作自演の歌なのです。何十年振りに彼と電話で話をした。「いい年のとり方をしているな」と感じさせられた。彼もすでに59才。
 デビューした翌年(1975)9月26日僕らが開いた陸前高田市民会館での「浜道博ショウ」がまるで昨日のように想い浮かぶ。




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