盛岡のCafeJazz 開運橋のジョニー 照井顕(てるい けん)

Cafe Jazz 開運橋のジョニー
〒020-0026
盛岡市開運橋通5-9-4F
(開運橋際・MKビル)
TEL/FAX:019-656-8220
OPEN:14:00~24:00

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幸遊記NO.182 「菅原君子の虹の開運橋」2014.7.8.盛岡タイムス
 一関は雨だった。6月29日朝、玄関先で「雨降って地固まる!今度こそ大丈夫だべ!」皆に聞こえる大きな声で笑いながら言っていた兄嫁。それは、澄(79)兄の3男・智之の結婚式の日。宴で僕も自作の「潮騒の森」を一曲。キャンドルサービスの時「2回もすみません」と智之君。「僕も2回目だから」と笑い返す。次兄の・敏夫(76)の長男・敬一もやっと結婚したと報告あり、二重のめでたい日となった。
 式後、実家のある平泉の老人介護施設でお世話になっている長兄・幸男(82)を、姉・君子(73)と一緒に見舞った。幸男兄はブラジルや、アメリカのカーネギーホール出演等、世界8ケ国で公演もした「平泉達谷窟毘沙門神楽」を率いて太鼓を叩き、何十年も子供達に神楽の舞を教え続けた町勢功労表彰者。
 茨城に住む姉は、盛岡から新幹線で帰るというので盛岡泊。自分史年表を見せて貰った。「1941(昭和16)年5月16日、姉・君子は双子で生まれ、もう一人のサダ子は命名後に死亡。2年後妹・フミ子誕生。その3年後の1946年、幸治爺69才で亡。後、妹・3才で亡。47年弟・顕(僕)誕生。65年母・キノエ倒れる。12月長男(姉の)・満則誕生。67年長女・明美誕生。母・キノエ亡・享年59才。88年父・省平(83)亡。などなど2013年10月、姉の夫・忍さん(76)が亡くなるまでその他諸々細かに記録されていた。
 女の姉妹でただ一人生かされてきた姉は、「二人の妹分まで生きなきゃね!」と元気だ。その君子姉は昔「こもれび」という月刊の家族新聞を発行していたことがあった。「生きているんだか、死んでるんだか」という親たちの声を受けて、両親、兄弟、親戚に送った手書きのコピー。そのことを書いて読売に投稿し全国版にも載ったことも。
 当時姉は「世宇」という雅号を貰ったばかりの書家でもあったから、僕が制作したレコードジャケット文字を何枚か書いてもくれた。その代表作があの五木寛之の小説にちなんだ名盤・坂元輝の「海を見ていたジョニー」。
 姉が盛岡に泊まった翌日、石割桜と盛岡城跡を散策。小岩井農場とあの一本桜を見学。帰りに繋の湖山荘で御所湖を眺めながら温泉につかり、外に出たら目の前に美しい二重の虹。「あっ!開運橋!」と姉が叫んだ。



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